ユートロニカのこちら側 | 私たちは無意識に意識を捨てる

あらすじ

位置情報はもちろん視覚や聴覚など収集できる限りの個人情報を提供することで、人並み以上の生活が保障されるアガスティアリゾート。ある者はその理想郷に順応し、ある者はその監視社会からこぼれ落ちる。自由を求める男女が交錯する6つの物語。

ユートロニカのこちら側 (ハヤカワ文庫JA)

ユートロニカのこちら側 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者:小川 哲
  • 発売日: 2017/12/28
  • メディア: Kindle版

感想

『ゲームの王国』の小川哲のデビュー作。
アガスティアリゾートで収集された個人情報は情報銀行に提供される。
世はデータ社会。情報は社会における石油であって、莫大な富を生む。情報を提供するアガスティアリゾートの住人たちは、アラブの富豪よろしく寝てても生活ができる理想郷のような生活を送る。
提供した情報を元にサーバントと呼ばれシステムから最適な選択肢が提示され、住民は何かに悩む必要もなくなっている。
悩みのなくなった住人たちの意識はどんどんと希薄になっていく。

物語の行き着く先は『ハーモニー』と同じ。けれど、人間が意識をなくすことがあるとすれば、こちらのほうがありそうに思える。
脳にナノマシンを入れて意識をコントロールする必要はない。
そんな劇的でたいそうな装置がなくても、カメラとマイクとGPSが必要な数だけあれば十分で、合理性を突き詰める社会の波に乗り、私たちはいつのまにか意識の向こう側、ユートロニカへと渡れてしまう。

いつの間にか緩やかに意識を失っていく社会。
そんな社会を描く制約上、物語としての強さは『ハーモニー』に劣るけれど、現実を少し転ばせれば向こう側へ行けてしまう、そんな距離感は『ユートロニカのこちら側』のほうが上。
ポストコロナ後の社会は、今までは否定されてきたレベルの個人情報の収集が是とされそうだし、ベーシックインカムも進みそう。
そうなったらこの本の中のアガスティアリゾートを思い浮かべることになるだろう。

ユートロニカのこちら側 (ハヤカワ文庫JA)

ユートロニカのこちら側 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者:小川 哲
  • 発売日: 2017/12/28
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