人間たちの話 | 人間の常識を嗤う

人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)

人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)

はじめに

『横浜駅SF』の柞刈湯葉。
「増殖を続ける横浜駅」なんてテーマで小説を書けるぶっ飛んだ発想をする人という印象を持っていたし、何ならTwitterもフォローしているけれど、なんだかんだでこの人の小説を読むのは初めて。
この本にある短編は、どれもひねりが利いていておもしろい。

冬の時代

アフター『デイ・アフター・トゥモロー』の世界。
『デイ・アフター・トゥモロー』の人類は愛と勇気で危機を乗り越えるが、この短編の人類は遺伝子操作で氷河期を生き抜こうとしたらしい。
人体を構成する物質は3ヶ月で入れ替わるため、執筆から6ヶ月以上たった作品に自ら解説を付けても、それは他人が書いた解説と同等とうそぶ著者解説によれば、『水域』という小説が下敷きにあるらしいけど、未読。

水域 (講談社文庫)

水域 (講談社文庫)

デイ・アフター・トゥモロー  (字幕版)

デイ・アフター・トゥモロー (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video

たのしい超監視社会

冒頭からわかる通り、『一九八四年』のパロディ。
オーウェルが描いた恐怖が支配する監視社会は回避したが、現代はSNSやYoutube、ともすれば人の監視につながるものが溢れている。この監視社会の原動力は「楽しさ」。みんな進んで自分の情報を周囲に提供している。
これはユートピアかディストピアか。

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

人間たちの話。

人間の認知の話。
火星で発見された石ころ。それを生命として認めるか、学会で議論される。その議論に参加する(巻き込まれる?)主人公は冷静で、一般的な感情はとても希薄。
この対比から感じた問題提起は、生命だとか感情だとか、当たり前だと思っていることでも実は定義が曖昧で、時と場合によって変わり得るというもの。
「宇宙生命とのファースト・コンタクトは探査機による発見ではなく会議による認定だろう」という著者の解説には皮肉を感じる。

コンタクト (字幕版)

コンタクト (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video

宇宙ラーメン重油味

太陽系の片隅で営業するラーメン屋の話。
訪れる客は系外星人で、人間のようなタンパク質を摂取しているとは限らない。重油を喜ぶ客だっているはずだ。
もともと漫画用の企画だったそうで、6つの短編の中では最も俗物的(良い意味で)。絵にしたら生えそう。

記念日

着想はマグリットの『記念日』。
主人公の部屋に、ある日突然岩が現れる。突然生活に入り込む異物の存在に、戸惑いながらも折り合いをつけ、最終的には落ち着くその姿は、結婚生活のような。
どことなく安部公房風味。

No Reaction

中学生の透明人間の話。
彼は本当に透明で、普通の「不透明」な世界には何も影響を与えることができない。
ドアを開けることもできなければ、女子のスカートをめくることもできない。『インビジブル』のケビン・ベーコンのような悪事は働けず、逆説的に善行も行えない。 果たして彼は存在するのだろうか。

インビジブル (字幕版)

インビジブル (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video

まとめ

どの作品もそれぞれ文体が違っていて、まるで別の作家の作品を読んでいるみたい。久しぶりに他の作品も読んでみたい人を見つけました。

人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)

人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)