伊藤計劃の関連書籍たち | 彼の背中を追って読んだもの

はじめに

伊藤計劃という作家を知っているだろうか?
『虐殺器官』『ハーモニー』といったゼロ年代のSFを代表する作品を残しながら、34歳の若さで亡くなり、2年の作家生活を終えた人物。

彼が亡くなって来年で10年。

来年には「はてな ダイアリー」が終了予定という発表がされた。
その発表を聞いて思ったのは、はてなダイアリーに開設されていた伊藤計劃のブログ「伊藤計劃:第弐位相」がどうなるかということだった。
幸いにも、「はてな ダイアリー終了」といっても過去の投稿が閲覧できるように維持する予定ではいるとのことなので、目下のところ彼のブログが消えることはないのだけれど、1つの節目を迎えた気がする。

僕が伊藤計劃の本に出会ったとき、彼はすでに亡くなっていた。
その作品に衝撃を受けた僕は、彼の著作を全て読んだ。
それだけでは飽き足らず、その著作の元ネタになっているだろう分野の本を探しては読み漁り、その知見の広さに驚嘆した。
彼は巻末に参考文献を残すようなことはしなかったから、その過程はさながらイースター・エッグ探しのようだった。最近の映画でいうなら没したゲーム開発者の遺産を探す「レディ・プレイヤー1」のよう。

10年の節目を前に、今日の投稿では伊藤計劃関連で僕が読み漁った本たちを、分野ごとにまとめておきたい。

伊藤計劃の著作

まずは伊藤計劃の著作をさらりと紹介。

虐殺器官

世界に虐殺を広める謎の男ジョン・ポールと、米軍大尉のクラヴィス・シェパードの追跡劇。“虐殺の器官”とは何なのか? 物語全体を流れる文体までもがトリックの1つになる二重底のラストに注目。

虐殺器官〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー

世界的な混乱を経験した人類は、やさしさが支配する福祉厚生社会を築き上げていた。ユートピアであるはずのその世界で、少女たちは自殺を決意する。ユートピアとディストピアの狭間に落ちるラストに注目。

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット

大ヒットゲームのノベライズ。伊藤計劃がゲームクリエイターである小島秀夫の大ファンで、個人的な親交もあったことで実現した。ゲームをやった後に、このノベライズを読むと、そんなところにモチーフが隠れていたのかと驚愕する。気づくほうも、仕掛けるほうもすごい。

メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット (角川文庫)

メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット (角川文庫)

The Indifference Engine

短編集。ルワンダの虐殺を下敷きにしたと思われる表題作の「The Indifference Engine」が素晴らしい。人の認知とは何なのか。そんな思考実験を民族問題と絡めた作品。

The Indifference Engine (ハヤカワ文庫JA)

The Indifference Engine (ハヤカワ文庫JA)

屍者の帝国

伊藤計劃とデビュー当時からの盟友・円城塔の合作。執筆中に亡くなったため、伊藤計劃が書いたのは冒頭30ページほどのプロローグまで。円城塔が芥川賞の受賞会見で伊藤計劃が残したプロットを元に書き継いでいると宣言したときには鳥肌ものだった。その製作過程だけでもう、一級品の物語。

屍者の帝国 (河出文庫)

屍者の帝国 (河出文庫)

脳科学

地獄はここにあります。頭のなか、脳みそのなかに。大脳皮質の襞のパターンに。 ——虐殺器官

進化しすぎた脳

高校生への講義をもとにした本なので、平易で読みやすい。池谷さんの本はこの他にも何冊か読んでいる。脳の不思議さに触れるには最適。

進化しすぎた脳―中高生と語る「大脳生理学」の最前線 (ブルーバックス)

進化しすぎた脳―中高生と語る「大脳生理学」の最前線 (ブルーバックス)

脳の中の幽霊

上の本より踏み込んだ内容。著者が出会った様々な患者の奇妙な症状を出かかりにして、脳の仕組みや働きについて考える。著者のTEDトークスも面白いので、興味のある人はぜひ。

脳のなかの幽霊 (角川文庫)

脳のなかの幽霊 (角川文庫)

  • 作者: V・S・ラマチャンドラン,サンドラ・ブレイクスリー,山下 篤子
  • 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
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意識はいつ生まれるのか

伊藤計劃以降に出版された本。
これまでの脳科学は脳の機能の局在性というところに注目し、機能を分解していけば、すべての謎が解けるとしていた。けれどこの本では、その局在した機能が統合される瞬間に意識のトリックがありそうだと説く。
伊藤計劃がこの本を読んでいたら、どんな物語を書いていただろうか。

意識はいつ生まれるのか――脳の謎に挑む統合情報理論

意識はいつ生まれるのか――脳の謎に挑む統合情報理論

言語学

お前はことばにフェティシュがあるようね ——虐殺器官

人間の本性を考える

生成文法といえば、チョムスキーと言いたいところだけれど、僕はいまいち読めた試しがない。ということで、スティーブン・ピンカーのこちらが良さそう。

人間の本性を考える ~心は「空白の石版」か (上) (NHKブックス)

人間の本性を考える ~心は「空白の石版」か (上) (NHKブックス)

ピダハン

こちらは伊藤計劃以降の出版。チョムスキーが提唱した「言語本能」論が常識として機能する中、アマゾンの奥地にその常識に当てはまらない文化を持つ民族が見つかった。その民族の研究をもとに、著者は言語学にパラダイムシフトを迫る。

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

戦争

戦争が終わった日のことを思い出す。停戦命令だ、という声が聴こえたとき、ぼくは友だちの頭にAKの銃口を突きつけていた。 ——The Indifference Engine

戦争における「人殺し」の心理学

もともと人は同類を殺すことに強い抵抗感を持っている。その証拠に、第二次世界大戦中に兵士が敵に対して発砲した確率はたったの20%だったというデータがある。それが朝鮮戦争では5割を超え、ベトナム戦争では9割を超えた。それに伴い、兵士がPTSDを発症する確率も上がった。そこにはどんな心理学が働いたのか?

戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)

戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)

カラシニコフ

世界に2億丁ある非合法の銃の半数を占める「悪魔の銃」カラシニコフ=AK47。それはどのように開発され、どのように世界に広まったのか。この本を読むと、戦争も経済の一部なのだと気づかされる。

カラシニコフ I (朝日文庫)

カラシニコフ I (朝日文庫)

最後に

以上が、僕が伊藤計劃の背中を追って、読み漁った本たちです。
関連書籍はもちろん他にもあるのだろうけど、僕のリサーチ能力と拙い理解力ではこのあたりを攻めるのが精一杯。
最近になってくると、伊藤計劃のフィクションのトリックを否定するような研究成果もちらほら出始めていて、そのあたりを「伊藤計劃以降」の作家さんたちがアップデートしてくれないかしらと、他力本願で思うのです。

伊藤計劃トリビュート (ハヤカワ文庫JA)

伊藤計劃トリビュート (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 王城夕紀,柴田勝家,仁木稔,長谷敏司,伴名練,藤井太洋,伏見完,吉上亮,早川書房編集部
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2015/08/21
  • メディア: 文庫
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