あらすじ
本屋大賞受賞作の文庫化。
高校生の時の偶然の出会いで調律に魅せられた外村は、念願の調律師として働き始める。ひたすら音と向き合い、人と向き合い、外村は調律の森へと深く分け入っていく。
- 作者: 宮下奈都
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2018/02/09
- メディア: 文庫
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感想
淡々としたストーリーで1人の青年の成長を描く。
その根底には、誰も自分の理想を言葉にできないし、そもそも自分の理想を知っているかどうかもわからないという思いがあるように思う。結局、「理想」に出会うまで、それが「理想」だと気づけない。
「美しい」も、「正しい」と同じように僕には新しい言葉だった。ピアノに出会うまで、美しいものに気づかずにいた。知らなかった、というのとは少し違う。僕はたくさん知っていた。ただ、知っていることに気づかずにいたのだ。 p24
自らの理想に出会って、それを言葉であれ何であれ、人に伝えられような形に具現化できるようになるまでが成長。
その過程には辛いことや諦めたくなることがきっとある。けれど、それでも戻ってきてしまうほど「好きだ」と思えることが才能だ。
ちょうど宮崎駿が「アニメはツラい」と言って何度も引退宣言をするのに、それでも何年後かにはアニメに戻ってきてしまうみたいに。
「才能っていうのはさ、ものすごく好きだっていう気持ちなんじゃないか。どんなことがあっても、そこから離れられない執念とか、闘志とか、そういうものと似てる何か。俺はそう思うことにしてるよ」 p139
辛くても戻らざるを得ないほどに好きなものに出会えたなら、努力を努力と思わずに淡々と自分の能力を伸ばすことができる。
損得勘定なんか抜きでした努力は、誰も思いつかなかった場所へと自分を連れていってくれるはず。
努力をしているとも思わずに努力をしていることに意味があると思った。努力していると思ってする努力は、元を取ろうとするから小さく収まってしまう。自分の頭で考えられる範囲内で回収しようとするから、努力は努力のままなのだ。それを努力と思わずにできるから、想像を超えて可能性が広がっていくんだと思う。 p215
主人公は最終的に、1人のピアノに寄り添う決意をする。その決意はとても美しい。
現実は損得勘定で動かなければ、生活さえままならないことが多いけれど、こういう綺麗な決意が溢れる世界であったなら、小さくまとまらずにもっと大きく飛び立てそうな気がする。
- 作者: 宮下奈都
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