伊藤計劃トリビュート

伊藤計劃トリビュート (ハヤカワ文庫JA)

伊藤計劃トリビュート (ハヤカワ文庫JA)

伊藤計劃が書いた『虐殺器官』『ハーモニー』『屍者の帝国』の3作が年末にかけて3ヶ月連続公開されるということで、2009年に亡くなった伊藤計劃が書けなかったSFを目指して、8人の作家が作品を持ち寄ったアンソロジー。

公正的戦闘規範

作者は『オービタルクラウド』で日本SF大賞を受賞した藤井大洋。ドローンが兵器として普及した近未来の話。 ドローンにはコストがかからない。戦場に行かない操縦者の(身体的な)安全は保障されているし、AIが発達すればそもそも人間が必要なくなる。機体もアメリカが使っているプレデターみたいなものならハイコストだろうけど、人を殺すだけの目的なら10万円程度の市販品に爆薬なりAKなりを積むだけでいい。今みたいに作れる国がアメリカに限られているうちはいい。でも、ローコストな兵器としてのドローンがネットを通じて拡散したら? 人を無差別に殺せる弱者の兵器として、資金を持たないテロ組織が使うようになるのでは? そんな状況を避けるにはどうすればいいのだろう?

ノット・ワンダフル・ワールズ

「とにかく丸ごと飲み込みたい」そう思わせるくらい自分にぴったり来る作品だった。 とりあえず、「精神」と「選択」がメインテーマとだけ。情報化が進んだ未来で、人は無限化した情報に溺れてしまう。無限の情報の中から「ベスト」な選択をしようとするが、無限であるがゆえにどれが「ベスト」かわからず、人々は精神を病んでしまう(就活や受験で自由記述式の問題に出会ったときの絶望を思い出してみればいい)。 解決策として、無限の情報の中から有用な選択肢を示す技術が導入されるのだけれど、そこで一つの問いが生まれる。 自由に選択肢を選べる状況は、本当に自由なのだろうか? 「あれ? これ書いてるの伊藤計劃じゃないの?」と思うくらい、満載のネタをキレキレの文章で編み上げた作品。まとめてみたけど、まとめやすいところを取り出してきただけだから、作品の魅力の20パーセントもまとめられてないと思う。これを読んだら作者の王城夕紀の他の作品も読みたくなった。

フランケンシュタイン三原則、あるいは屍者の簒奪

テレビのコメンテーターや、SNSで流れてくる友達の言葉を見て、不思議に思ったことはないだろうか。みんなが同じことに対して、同じような感情を持ち、反応している。気づけば自分もそうしている。心から湧き上がる感情は、オリジナリティに溢れるものであるはずなのに、傍から見るとそんなものはどこにもない。感情は本当にオリジナルなものなのだろうか? そんな問いを『屍者の帝国』へのオマージュとして編み込んだ作品。切り裂きジャックがダークヒーローだったり、ナイチンゲールマッドサイエンティストだったり、沖田総司がロンドンにいたり、とネタにも事欠かない。『屍者の帝国』よりもわかりやすくておもしろい。最後の謎解き、「魂の重さ=3/4オンス or 0」は、もちろん『ハーモニー』のラストへのオマージュ。

まとめ

上の3作以外には、「精神のシミュレーション」を扱った『仮想の在処』と、死刑囚への最後の食事を作るシェフを主人公にした『未明の晩餐』がファンタジックで楽しめた。 全部で700ページもあるアンソロジーなんてなかなか買う機会もなかったけれど、読んでみると自分の好みがはっきりわかっておもしろい。

伊藤計劃トリビュート (ハヤカワ文庫JA)

伊藤計劃トリビュート (ハヤカワ文庫JA)