三体 | 名作SFてんこ盛り

あらすじ

物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望した中国人エリート女性科学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)は、謎めいた軍事基地にスカウトされる。そこでは、人類の運命を左右する極秘プロジェクトが進行していた。
数十年後。ナノテク素材の研究者・汪淼(ワン・ミャオ)は、世界的な科学者が次々に自殺していることを知る。手がかりを追って、三つの太陽を持つ異星を舞台にしたVRゲーム『三体』に入り込んだ汪淼が知った驚くべき真実とは——。

三体

三体

感想

アジアの作品として初めてヒューゴー賞に輝いた中国SF。
中国のSFなんて触れたことがなかったので、まずはどんなものかという気持ちで半信半疑で読み始め、いい意味で裏切られた。

アーサー・C・クラーク、カール・セーガン、グレッグ・イーガンなど、名だたるSFの大家をごちゃ混ぜにしたような知識と想像力のぶっ飛びよう。
パラボラアンテナと異星人とのファーストコンタクトはセーガンの『コンタクト』、神のごとく崇められる異星人の超越性はクラークの『幼年期の終わり』、異星人の摩訶不思議な生体はイーガンの『白熱光』を思い起こさせる。

幼年期の終り

幼年期の終り

白熱光 (ハヤカワ文庫SF)

白熱光 (ハヤカワ文庫SF)

かといって論理で凝り固まっているわけではなく、VRゲーム『三体』内での、時代考証を無視した登場人物たちの滑稽さは、村上春樹作品にも似た緩さと風格さえ感じる。 それらを三体問題やひも理論、VRや粒子加速器といった最新の話題でつなぎ合わせることで、単なる焼き直しの詰め合わせに止まらないものになっている。
惜しいのは、中国で刊行されたのが2008年(連載は2006年から)ということで、一部古くなった情報があること。10年もこの小説を放置していた日本側の責任です…。

騎士団長殺し 第1部: 顕れるイデア編(上) (新潮文庫)

騎士団長殺し 第1部: 顕れるイデア編(上) (新潮文庫)

人物描写やストーリー展開は荒くて不自然とさえ思うけれど、それを補ってあまりある想像力のぶっ飛びよう。
その想像力が支持されてか中国国内では《三体》三部作が累計で2100万部も売れているとのこと。
この本の根底には文化大革命の教訓と、細る基礎研究への警鐘があるように思えるけれど、決して簡単ではない科学用語が並ぶこの本が、それだけ受け入れられる土壌があるのなら、中国はしばらく安泰なのでは。
「世界の工場」という言葉が日本から中国を指すようになって久しいけれど、想像力でも日本は負け始めたのかも。

『三体』は宇宙人との邂逅がやっと始まったところで終わる。
第二部の『暗黒森林』は2020年に邦訳刊行ということで、この出会いがどう展開していのか首を長くして待ちたい。

三体

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