何者

何者 (新潮文庫)

桐島、部活やめるってよ』の朝井リョウ
いつも通りに若者のモヤモヤした感情をきれいな言葉でまとめあげていくのかと思いきや、就活を舞台にしたとんでもないホラー小説だった。
誰もが正しくて、誰もが間違っている。
そのどうしようもなさが心地いい。

意識高い

就活に限ったことではないけれど、生まれて20年も経つと、それまで教えられてきたこととは違って、自分がオンリーワンな人間ではないことに気づいてくる。日常で起きること感じることは140文字に収められるくらいの普通のことだし、自己PRの400文字を埋めるのに苦労するくらい、これまでの人生なんて薄っぺらい。
「自分は他の人間とは違う」ことを示したくて、TOEICや海外留学や大学の実行員会の運営・立ち上げをしたりするのだけれど、人の想像力なんて限られているから、それは他の人間もやっていることで、オンリーワンを目指したはずなのに、また違う何かの枠に収まってしまう。
オンリーワンを目指しながら、結局なにかの枠に収まっていく姿は、「誰も何者でもない」と人生を達観してしまった人から見れば滑稽で、「意識高い系」なんて嗤われてしまう(「意識高い系」ってレッテルを貼られる人たちに、他人に「厨二病」ってレッテルを貼る人が多い気がするのは自分だけ?)。

何者

『何者』の主人公の拓人は、後者の「何者でもない」と達観しているタイプ。演劇部の脚本担当というだけあって人間観察が得意で、SNSで自分をアピールする心境や、周囲の意識高い系の言動を分析していく。 リアルの相手とSNSでの相手にギャップを感じたり、よく知らない人脈をひけらかされて心が冷えたり、ツイッターでの「私、頑張ってます」アピールに辟易したりした経験は誰にでもあるはず(もちろん、させた経験も)。 そういった感覚が、「意識高い」なんて抽象的でモヤモヤとした言葉じゃなく、もっと言葉を積み重ねてしっかりとした形になって表現されているってだけでもおもしろい。

※ネタバレあり

でも、それだけじゃいつもの朝井リョウの小説。
この小説がホラーである理由は、クライマックスでの拓人への仕打ちにある。
それまで冷静に観察し続けてきた「意識高い系」の友人の理香から、拓人は糾弾される。
「あなたが私のこと、意識の高いイタい人間だと思っていることは知っている。でも、この姿であがくしかないんだ。理想の自分になれないことは知っているけど、理想の自分に近づくためには、かっこ悪い姿であがき続けるしかない。あなたはどうなの? 人を批判するだけで、鋭い観察者を気取って、それで、何者かになれるの?」
それはそれまで拓人の目を通して、理香を「自分が特別な人間だと思っているイタい人間」だとみてきた読者に対する糾弾でもある。同時に、かっこ悪くてもあがき続けろというエールにも聞こえる。

就活の深淵

「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている」という言葉がぴったりなラスト。
たぶん「自分とこいつは違う」って思ってしまったとき、人は良くないものに侵食されてるんだろう。
シャッターアイランド』『シックスセンス』『ミスト』が好きな人にオススメ。