なめらかな世界と、その敵

なめらかな世界と、その敵

なめらかな世界と、その敵

  • 作者:伴名 練
  • 発売日: 2019/08/20
  • メディア: Kindle版

はじめに

伴名練の初の短編集。
『伊藤計劃トリビュート』で知って著作を探してみたことがあったのですが、まったくなくてあきらめておりました。
改めて調べてみると商業ではなく、同人中心に活躍している作家さんだとか。
満を持して商業出版されたこの作品集『なめらかな世界と、その敵』はベストSF 2019で国内編の第1位に輝いて、名の知れた商業作家たちの作品を抜き去る。
兼業作家(たぶん)で寡作にもかかわらず、尖った作品で賞をかっさらう姿は日本のテッド・チャンでしょうか。

以下に各短編の感想を。

感想

なめらかな世界と、その敵

一番最初に配置されているのが、収録6作品の中でいちばん面食らうこの表題作。
きれいな情景描写に油断していると、いつの間にか置いてきぼりにされる。季節も場所もぐちゃぐちゃで、それに関する説明は一切ない。
それもそのはず、主人公は多世界を行き来できることが当たり前の世界に住んでいて、それについて説明する必要なんて一切感じていないから。
この摩訶不思議な世界を描く技量と度胸がすごいな、と。


ゼロ年代の臨界点

小説というより批評文。ここでいうゼロ年代は1900年代のことである。
その時代に活躍した3人の女流SF作家に迫る。 もちろん架空の3人。本当に3人がいたかのように感じる批評文で、自分がこの3人を知らないだけではないかと錯覚する。そんな完成度。


美亜羽へ贈る拳銃

名前からして伊藤計劃の『ハーモニー』のオマージュ。
初出は『伊藤計劃トリビュート』。勘違いしていたけれど、ハヤカワの『伊藤計劃トリビュート』とは別物。ハヤカワの『トリビュート』の伴名作品は『フランケンシュタイン三原則、あるいは屍者の簒奪』なので別物。
『ハーモニー』の感情の制御から、人格の制御へ。作り物の人格はまがい物なのだろうか?


ホーリーアイアンメイデン

アイアンメイデンが鉄の針で対象を苦しめるなら、こちらは安らぎで対象を苦しめる。
そういうところは『ハーモニー』の優しさという真綿で首を絞める世界と似ているかもしれない。

シンギュラリティ・ソビエト

ソビエトがアメリカよりも先に月面着陸に成功し、それどころか人工知能の開発でも先を行く世界の話。現実世界に勝ち目はないと察したアメリカは、仮想現実の世界へと逃亡を始めている。
拡張現実ならぬ”党員現実“などのガジェットが楽しい。
チューリングがソ連に亡命した上で、性転換したというのも歴史改変ものならでは。
さりげなくすごいと思うのは文体に、共産主義(というか軍国主義かな)の鼓舞するような雰囲気をあるところ。いや、他の短編もがらりと文体が違うんですが、これに至ってはさりげなくて、逆に難しいだろうなと。
こういう使い分けってどうやったらできるのか。

ひかりより速く、ゆるやかに

光の速さで動く物体からは外の世界が止まって見えるなんて言いますが、この物語の新幹線のぞみ123号は外の世界から見ると止まって見える、低速化災害という謎の災害に巻き込まれてしまう。なぜ当該の新幹線がひかりではなくのぞみなのかといえば、一番速い列車がのぞみだったからというのが理由だろう。惜しい。
相対性理論的にはどちらがひかりの速さで動いていようと、それは相対的な話なのでいいとして、問題になるのは外の世界の2600万分の1の速度で動く列車の中に取り残された乗客たち。彼らの中には修学旅行からの帰路にあった高校生たちも含まれていて、修学旅行に同行できず、事故を免れた同級生の主人公は救いを求めて奔走する。
設定はぶっ飛んでいるけれど、若かりし頃の疼痛あり、大人への反発ありで青春小説の王道を走っている感じ。


最後に

伴名練が新人賞を受賞してから約10年経ってからの短編集。
次の作品が出てくるのを首を長くして待つ。
できればテッド・チャンよりも早く…

なめらかな世界と、その敵

なめらかな世界と、その敵

  • 作者:伴名 練
  • 発売日: 2019/08/20
  • メディア: Kindle版