ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生 | ウィザーディング・ワールドは中つ国を目指す

感想

ハリー・ポッターは原作から入って、映画7部作(8部作?)は途中でフェードアウトした口なんですが、ファンタスティック・ビーストはハリポタ以上におもしろくなるかもしれない。

ハリポタは映画シリーズの開始時点では物語が完成しておらず、俳優も子役ということで、どこに向かうかわからない危なっかしさがあったけれど、このファンタスティック・ビーストは安定感が違う。
5部作と決定していることからしてある程度話は決まっているのだろうし、
アカデミー賞俳優のレッドメインに、悪役のジョニー・デップに、ダンブルドアのジュード・ロウに、俳優陣が完成されているから安心して見ることができる。
CGもハリポタより格段に力を入れてるし。

と、このシリーズがハリポタを超えるかもしれないと思ったのは、1作目と同じなのですが、シリーズ2作目で感じたのは、ハリポタの世界観というのは本当に壮大なものだったのだなと。
普通の作品でスピンオフや前日譚をやると、正史のほうに綻びが見え始めると思うんですが、このシリーズは(まだ)それを感じない。むしろグリンデルバルトやニコラ・フラメルや「幻の動物」といった、本編では名前しか登場しなかった人や動物たちの活躍で、正史のほうが強化されている気さえする。 「ハリー・ポッター」で描かれたのは「ウィザーディング・ワールド」のほんの一部の出来事で、その視界の外側にはもっと多くの物語があったのだなと実感したわけです(ワーナーの手のひらの上にいるようで癪ですが…)。

それはあたかもトールキンの『指輪物語』のようで。
『指輪物語』も神話のような、物語には直接は登場しない長大な設定がトールキンの頭の中にまずあって、『ホビット』では単なる「姿を消せる指輪」でしかなかった力の指輪がを巡る物語に波及していったわけですが、 このファンタスティック・ビーストも、正史に登場する教科書とカードに描かれたダンブルドアに何気なく登場するグリンデルバルトという名前から「ウィザーディング・ワールド」という物語が構築されているわけです。

とはいえ心配になることはいくつかあって、まずは登場人物が覚えきれないくらい多いこと。 ハリポタの原作も、登場人物が軒並み増える5巻あたりから、ついていくのが難しくなってきたし。自分の記憶力が悪いこともあるだろうけど、登場人物の掘り下げが少ないんだろうな、きっと。
あとは魔法動物たちがストーリーの主軸にならないというのがタイトル負けしている感じが…。

2作目が終わり、シリーズの方向性が見え始めた今作。
シリーズの最後にオブスキュラスがトム・リドルに取りつくところまでは予想しているんですが、私の予想は当たるのでしょうか。 「あなたは怪物でも愛せる人だから」と形容されたニュートは、グリンデルバルトという怪物とどう対峙するのでしょうか。

願わくば、この物語が自らの壮大な世界観に押しつぶされませんように。

幻の動物とその生息地 新装版 (ホグワーツ・ライブラリー)

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