『君たちはどう生きるか』感想 | 宮崎駿のパッチワーク

「宮崎駿の原液」なんて感想を見かけたので、いったいどんなものを見せつけられるのかと恐れおののきながら鑑賞したけれど、自分の感想は余白をたっぷり残したいつもの宮崎作品。

集大成と考えているのか、過去作品を思わせるシーンやカットがたくさんある。それらが液体のように滑らかにつながっているかといえばそうではなくて、どこかから持ってきたブロックを積み上げていくような歪さで、それこそ作中の不安定な積み木のよう。 原液というよりパッチワーク。セルフ『星を追う子ども』。

穢れた積み木という言葉から、勝手に変な解釈をしてくれるなというメッセージを感じたけれど、逆のかもしれない。素材は残したからあとは次の世代である「君たち」が勝手につかってくれというメッセージなのかも。変な解釈に惑わされず、ありのままの事実をもとに新しいものを創りあげてくれという。
いやいや、この人がそんな最近の流行に流されたような、わかりやすい説教じみたメッセージを作るだろうかという気もする。
こういうはっきりしない感じがいつもの宮崎作品らしい。
たぶんこれからいくつもの「穢れた積み木」が生まれるのだろうし、この文章もそんな積み木のうちの1つなのだろう。

1つ自分が自信を持ってはっきりと言えるのは、子どもと一緒に鑑賞するような作品ではないということ。
自分が子どもだったらアオサギを見て泣いてしまっただろう。