『ジュラシック・ワールド 新たなる支配者』レビュー

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「ジュラシック・パーク」シリーズ6作目にして、「ワールド」3部作の完結編なのだけれど、完結編にして方向性を見失ってしまった感じ。そう、『ロスト・ワールド』のように。

1作目の『ジュラシック・パーク』のように、このシリーズに期待されているのは恐竜v.s.人間なのだと思う。いや、「v.s.」だなんておこがましい。自ら蘇らせた恐竜に、虫けらのように蹂躙される人間たちのパニックがこのシリーズの原点だ。恐竜は人間の手に負えない。それを象徴するかのように、『ジュラシック・パーク』はティラノサウルスの咆哮で終わる。人間にティラノサウルスを打ち負かすことは不可能であり、足下を潜り抜けてパークの外へ逃げ出すのがやっとである。

『新たなる支配者』の恐竜たちは、そんな絶対性を失ってしまっている。『炎の王国』で解き放たれた恐竜たちを、世界は巨大な害獣が増えたくらいにしか受け止めていない。
捕まえられた恐竜は鎖につながれ闇市場へ。小型の恐竜は露店で丸焼きにして売られている。後半の舞台となる恐竜たちの保護地では、何やら恐竜の頭にチップが埋め込まれているらしく、ボタン1つで恐竜たちは礼儀多々しくハウスしてしまう。
完全に飼い慣らされてしまった恐竜たち。1作目とのギャップから「新たなる支配者」とは人間のことなのか?と思ってしまう。というかそんな保護地でドタバタするなら、「パーク」と何が違うんだ?

恐竜たちの使い方も雑で、プロットのチェックポイントを通過するための道具に感じてしまう。恐竜はカーチェイスしたり、飛行機を墜落させるための道具ではない。あげくの果てに、世界の破滅の原因という役割を巨大イナゴに取られてしまうし、ほんと最後まで恐竜が添え物の映画…。
頭に埋め込むと従順になるチップは謎だし、DNAは何でもできる魔法の道具と化しているし、SFとしても何だかなあ…。マイケル・クライトンが草葉の陰で泣いているのではないか。

埋め合わるかのように人間ドラマに力を入れようとしたのか「ジュラシック・パーク」の学者3人が登場するけれど、懐かしさ以上のものは感じない。
ティム・クックとジェームズ・ダイソンを足して二で割ったような風貌の社長が黒幕として登場するが、彼はエリマキトカゲに殺されてしまう。明らかに1作目のオマージュなのだけれど、何だかすっきりしない。トラブルの根源たる人間があんなにあっさり退場して許されたのは、1作目が恐竜を主体としたパニックムービーだからだと思うのですよ。

恐竜たちは出過ぎていて、結局何がなんだかわからない。
人間と恐竜の絆(個人的にはまったく賛同できないけれど)を示すラプトルのブルーは最初に出てきて子どもを奪われるだけで終わってしまうし、最も盛り上げるべきはずのティラノサウルスとギガノトサウルスのファイナルラウンドはかなりあっさりしていて、テリジノサウルスなんていう初出の草食恐竜が止めを刺してしまう。 何だか消化不良のままシリーズが終わってしまった。子どものように純粋な心でみると楽しめるのだろうか。