焦点距離50mmはなぜ「標準」であるのか

最近、カメラの始めたのですが、焦点距離50mmが標準のレンズ、つまりは人が目で見るのに近い写真が撮れるレンズであると言われて引っかかったので、その理由を考えてみました。

「50mmのレンズは人が目で見るのに近い写真が撮れる」への違和感

「人が目で見るのに近い写真が撮れる」
表現の差こそあれ、50mmのレンズの説明にはこんな表現がよく使われます。
人が目で見るのに近いとはどういうことか。Wikipediaの「標準レンズ」のページには「人間の視野に近い画角を持つレンズ」とあります。
つまりは、目で見たときの視界と同じくらいの範囲の写真が撮れるのだな。そう思って、50mmのレンズをつけてカメラのファインダーを覗いた私はつまずきました。まったくもって、目で見ている範囲と違うからです。

Wikipedia 標準レンズ (2022/8/12時点の記載)

目で見ている範囲はどれくらいか

では、人間が見ている範囲がどれくらいかというと、Wikipediaの「視野」のページに答えがありました。片目で見たとき、鼻側に60度、耳側に100度とあるので水平方向には160度の視野を持つことになります。

Wikipedia 視野(2022/8/12時点の記載)
それに対して50mmのレンズの水平画角は40度にいかないくらい。人の視野の1/4ほどしか写せていないことになります。なので「人間の視野に近い画角を持つレンズ」というWikipediaさんの説明は間違いです。
焦点距離が短いレンズだと14mmというものをみかけますが、これでも画角は104度で人間の視界に対して不足します。ここまで広角だと歪みもでてくるので視界とは違った意味で「人が目で見るのに近い」レンズとは言えなくなりそうです。
では何mmの焦点距離なら人の視野と重なるのか。焦点距離3mmなら画角は161度となりますが、そんなレンズを作るのは無理でしょう。
なお、レンズの画角の計算はwebにあふれているので省きます。フルサイズの場合の画角です。私はめんどうなので、PhotoPillsというアプリを使いました。カメラの製品名とレンズの焦点距離を入れると画角を計算してくれます。いちいちフルサイズか、APSCか、はたまたiPhoneかといった、センササイズを考える必要がなくて便利です。

人が目で見たときの大きさに近いということなのか?

50mmのレンズの画角 = 人の視界という説が崩れたので、次に思ったのは50mmで撮ったときの大きさ = 人の目で見たときの大きさなのではないかということです。
50mmのレンズで倍率が1倍となるという説明はちらほら見かけましたし、自分でファインダーを覗いてみると、たしかに50mmだとファインダーを覗く前と覗いたときの物の大きさが同じように見えたからです。
しかし冷静になって考えてみると、ファインダーにだって倍率がかかっているし、そこに表示される画像は35mmのセンサーで写し取った絵なわけで、いったい何がなにに対して倍率1倍なんだとなるわけです。
なのでこの考え方も違う。

諸説あるが、いまいち煮え切らない

基本に立ち返り、Wikipediaを見てみると、諸説あって煮え切らない状況です。

Wikipedia 標準レンズの由来の諸説 (2022/8/12時点の記載)

ナンバリングして書き写すと、

  1. 単なる慣習に過ぎないという説
  2. 肉眼の視野に近いとする説
  3. 対角線長に基づくとする説
  4. レンズ特性による説
  5. その他

2以外はデファクトスタンダード的というか、人間の都合が入っていて好みではありません。人間の都合がたまたま感性と一致して、「50mmは人が見ている景色をそのまま切り取れる焦点距離だ」と写真家やYoutuberの人びとが言っているとは考えづらいです。
となると、2が第一候補になるのですが、50mmの画角が肉眼の視野にまったく足りていないのは上で考えたとおりです。しかしここには「注視していない時に肉眼で視認できる視野に一番近い」という文章があり、これがヒントとなりました。

人間がハッキリと視認できる範囲はどれくらいか

「注視していない時に肉眼で視認できる視野」とはどれくらいかという話ですが、これは換言すればハッキリと視認できる視野と、ぼんやりとしか視認できない視野があるということになります。上で言った人間の視野160度というのは、このぼんやりとしか視認できない距離まで含めた角度です。
これら2種類の細胞は網膜状に均一に分布しているわけではなく下のグラフのように、錐体は中心部に集中し、桿体は周辺部まで存在しています。つまりは、ちゃんと色を認識できているのは視野160度のうちのほんの中心部だけで、残りの周辺部は明るいかくらいかしかわかりません。眼でみているときは視野全体に色がついているように思いますが、脳のほうで周辺部の色を補完するような処理が働いているのでしょう。

錐体細胞と桿体細胞の分布(https://www.ccs-inc.co.jp/guide/column/light_color/vol24.htmlより)
錐体が集中的に存在している中心部が最も情報量が多く、私たちがハッキリと視認できている範囲だとするならば、グラフから読み取るに、錐体の分布の山が終わるのは片側10度、多く見積もるのであれば片側20度くらいです。両側で合わせて20度から40度。
50mmの焦点距離を持つレンズの画角にようやく近い値がでました。「人間の視野に近い画角を持つレンズ」の理由だと思います。

まとめ

焦点距離50mmのレンズが人が目で見るのに近い写真が撮れるレンズだと言われる理由について考えてみました。
ちょっとこじつけのようなところがありますが、錐体細胞の分布から考えると、人間がハッキリと視認できる画角はせいぜい40度くらいであり、焦点距離50mmのレンズの画角に近いです。単純な視界の話ではなく、ハッキリと視認できている視界を切り取れるということで、焦点距離50mmが「標準」として挙げられるのではないでしょうか。