感想
「無知の知」を述べたのはソクラテス。
誰もが聞いたことのある有名な言い回しだけれど、
無知の知がなぜ重要なのか、
逆に、無知の無知がどうして起こるのか、
知っている人はいないのではないか。
この本は認知科学の視点で、その疑問に答える。
- 作者: スティーブンスローマン,フィリップファーンバック,橘玲,土方奈美
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2018/04/04
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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本の冒頭はキャッスル・ブラボー実験の話で始まる。日本ではビキニ水爆実験と言ったほうが通りがいいかもしれない。第五福竜丸が被曝し、その悲劇がゴジラを生んだ、あの実験。
キャッスル・ブラボー作戦では水爆の威力が予想外に大きく、また風向きの予測も誤ったために、死の灰が想定外の範囲に広がり、立入禁止区域の外にいた第五福竜丸までもが被曝してしまった。
ここに、人間の知性のパラドックスがあると著者たちは言う。
まず、人間が水爆を作れるようになったことは人間の知性の驚くべき成果だということ。キャッスルブラボー作戦は、科学者、兵士、土木工、シェフに至るまで、ありとあらゆる専門を持つ数千人が集まることで実行された。たった一人の知性では作れなかったに違いない(作ったことが良いか悪いかは別として)。
その一方で、キャッスル・ブラボー作戦に必要な知識すべてに精通している人はいなかった。だからこそ、水爆の連鎖反応の計算を誤り、風向きを読み違えていても、作戦に参加した誰もがそれを正しいと思い込み、悲劇が生まれた。
自らの無知に無関心になるのは、進化上、人類にプログラミングされた性質なのだと思う。自分の無知さを気にかけて、いちいちそれを補おうとしていたら、日が暮れてしまう。そんなことだったら、専門家同士集まって、自分の無知な部分には目を瞑ってしまったほうが、物事は早く進む。そうなればその集団は生き残りにおいて優位になる。
とはいえ、無知をそのままにしていては進歩がなく、最悪、優生思想がすべてだと思い込んで虐殺に走ったナチスのようになりかねないので、無知には自覚的にならなくてはいけないのだが、本書にある調査結果を見てみると、あまり楽観的にはなれない。
専門家がこう言っていたという話をされると、人間は中身まで理解したつもりになって「知ってるつもり」の状態になってしまうらしい。ましてや今はインターネットがあり、そこら中に自称専門家が溢れている。
自分がすべてを「知っている」と思い込めば当然、謙虚さを失って、言動だって極端になる。こういうことが、最近の大衆迎合主義につながっているのかと思ってみたり。
知性が集まることで文化やテクノロジーは進化すると『繁栄』のなかでマット・リドレーは言っていたけれど、この『知ってるつもり』は人が集まることの利点だけではなく、影の部分にも光を当てる内容。
まずは自分を疑ってみなければならない。
- 作者: スティーブンスローマン,フィリップファーンバック,橘玲,土方奈美
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- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2013/07/10
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