BAD BLOOD シリコンバレー最大の捏造スキャンダル 全真相 | シリコンバレーの信用創造

たった一滴の血液で、すべての病気がわかる。
そう言ったのはベンチャー企業のセラノス。革新的な技術を生み出した創業者のエリザベス・ホームズは第二のスティーブ・ジョブズともてはやされた。
期待が金を呼び、時価総額は9000億円にまで膨らんだ。
けれど実態はといえば、そんな技術はどこにもなく、投資家どころか医療規制さえも誤魔化すために数々の隠蔽工作が行われていた。
創業からそんな暗部が明るみに出るまでの10年ていどのあいだ、何が行われていたのか。第一報をスクープしたウォールストリートジャーナルの記者が語る。

セラノスのねつ造の話を聞く前に、セラノスを持ち上げる記事は見たことがあって、ブロンドの髪に青い瞳のエリザベス・ホームズが、ジョブズをリスペクトした黒いタートルネックを着てこちらを見ている写真が印象に残っている。2014年の日本語版Wired vol.12の記事だ。

wired.jp

ウォールストリートジャーナルの記事が2015年だから、ここから1年で転落したことになる。
この『BAD BLOOD』によると、セラノスの技術は創業当初から「空っぽ」だそうで、ことの顛末を知ってからこのインタビュー記事を読むと、すべてが白々しく見える。
セラノスのような空っぽの企業になぜ次々と資金が舞い込んだのか。
投資家に対して隠蔽工作をしていたのは事実だけれど、この本を読む限り少し疑ってかかればボロが出てくるような代物で、それが理由とは思えない。
いちばんの理由は、名だたる大物たちが次々とエリザベス・ホームズに口説き落とされていったことだろう。アメリカ医学生物工学会の創設者でスタンフォード大学の有名教授だったチャニング・ロバートソン、レーガン政権で国務長官を務めたジョージ・シュルツ、アメリカ中央軍司令官(のちにトランプ政権国防長官)のジェームズ・マティスなどなど。 日本人の自分でさえも聞いたことのあるようなビッグネームたちが取締役会に名を連ねている企業を疑うことは難かっただろう。そんな信用が信用を生むバブルの中で、セラノスの企業価値は実態とはほど遠く膨張していった。

日々の業務に追われる社員たちはセラノスがおかしいことに気づいていたが、機密情報のお題目のもと各担当者がアクセスできる情報は限られていたので、セラノスの全体像が見えない。
退職する社員は秘密保持契約書にサインをさせられ、外部にセラノスのことを話せば訴えると脅される。 内の目も外の目も働かない中で腐っていくセラノス。

その実態が明らかになったのは、セラノスと秘密保持契約があってもなお、倫理観を持つ社員たちがウォール・ストリート・ジャーナルの記者に情報提供をしたから。
セラノスの製品の検査結果はアテにならず、他社製品を改造して使っている。その他社製品にしても「一滴の血液」という謳い文句を従うために検体をありないほど薄めて使っている。校正データに異常があってもデータを恣意的に切り捨てて装置を稼働。試薬の期限切れは当たり前。そんな状態で医療規制の監査が通るはずがなく、いくつもの隠蔽工作を行っているという。
そんな信じられない行為の数々がこの本では描かれている。
最悪なのはこの状況で短期間とはいえ、血液検査サービスが提供されていたことだ。検査データが間違っていれば、疾患の見逃しにつながるし、薬の投与量にだって影響する。最悪、人の命が失われる。
その状況を憂えて、情報提供者たちは危険を顧みず、記者の取材に協力した。
最終的には記事が発行されたことで、セラノスは業務停止に追い込まれるが、そのまま稼働を続けていたらと思うと恐ろしい。

「一滴の血液からすべての病気がわかる」という理想を語るのはいいとして、エリザベス・ホームズや彼女を取り巻く重鎮に、それを実現するのに必要なテクノロジーや医療規制についての知識があったのか、この本を読む限りでは非常に怪しい。

「彼らがこの問題を解決できたと言われるよりも、27世紀からタイムマシンで戻ってきたと言われた方がまだ信じられるな」 p297

そんな専門家の言葉が表す通りで技術としては夢物語に過ぎるし、複雑で石橋を叩きまくるような医療規制に対応するにはあまりにもザルな体制と短期間のスケジュール。
IT系のベンチャー企業であれば、身の丈に合わない理想を豪語して、バグを残しつつも販売するということもできるけれど、医療でそれは許されない。バグが残っていては、最悪人が死ぬのだから。

セラノスという稀代の詐欺企業と、金余りの経済、さらには第二のスティーブ・ジョブズを願う背景が重なった特異な例として片付けたいけれど、今は猫も杓子もヘルスケアというフロンティアを目指す時代。
医療技術も医療規制も十分に理解していない企業(ベンチャーに限らず大企業も)がその分野に進出する機会は増えているし、投資家だってそれを望んでいる。そのくせ真贋を見抜く人材は不足している。
第二のセラノスが生まれる土壌は整っているように思う。