ディズニーCEOが実践する10の原則 | ディズニーの買収の歴史

『10の原則』と書かれると、お手軽な実用本のような気がするけど、中身は2005年からCEOを務めたロバート・アイガーの自伝的で骨太な内容。
原題も『The Ride of a Lifetime: Lessons Learned from 15 Years as CEO of the Walt Disney Company』で軽い雰囲気はないし、「10の原則」にページを割いているわけでもないし。

ロバート・アイガーはイサカ大学卒業後、ABCに下っ端として入社。そこで役員クラスまで出世したところで、ABCがディズニーに買収、ディズニーの社員となる。
誰もが聞いたことのある一流大学の出身というわけでもないのに、アメリカの一大放送網の役員にまで上り詰め、ディズニーに買収された後も外様の人間にもかかわらず、ディズニー帝国のトップにまで上り詰めるのだから、究極のシンデレラストーリー。

アイガーがCEOになる直前のディズニーは凋落の一途とたどっていた。今でこそヒット作を連発しているけれど、その頃のディズニーはデータを重視し、リスクを徹底的に排除するあまり、ダイナミクスが失われていたらしい。結果的に何十年も前のコンテンツに頼りきりの状態で、新陳代謝もないものだから社内政治がはびこって無駄なリソースが割かれる始末。

そんな状況下で、CEOとなって最初の大仕事がピクサーの買収。ピクサーの社長だったキャットムルやラセターをディズニー・アニメーションの責任者に据えることで血の入れ替えも進んだ。
ピクサーの3Dアニメーションというテクノロジーの側面はもちろんのこと、企業文化にも注目したとのこと。文化を数字に表すことは難しい。
あまり高い買収金額に反対意見も当然出たけれど、アイガー本人がピクサーを訪問した時に感じた直感を信じて買収に踏み切ったと語られている。
データをないがしろにしてはいけない、とはいえリスクを完全に排除することもできない、だから最後は直観だという話はこの本の中にたびたび出てくる。
仮に全てのデータを集めることができたとして、絶対に失敗しないという結論が得られるものがあったとして、誰もがその答えに飛びついてうまみなんて消し飛ぶわけで。
データのない状態で投資をしてもそれはギャンブルでしかないけれど、直感のないところに投資をしてもジリ貧にしかならず、そのあたりのバランス感覚が大事なんだろうなと。

ピクサー買収後は、マーベル、ルーカスフィルム、フォックス、と怒涛の買収劇。
ピクサーとマーベルは大成功として、ルーカスフィルムはどうだろう。
ルーカスフィルムの買収がピクサーとマーベルほど上手くいかなかったことは自覚している様子。
ピクサーとマーベルは物語を広げることにウェルカムな感じを受けるけれど、ルカースフィルムはどちらかというと物語の閉じ方に美学を持っているような気がする。けれど、ディズニーの戦略としては物語を広げていかないと投資を回収できないわけで、その肌感の違いがスター・ウォーズ新三部作でバッティングしたのでは。

ピクサーの買収のときにはピクサーの企業文化を変えてしまわないように気をつけたということが語られていて、これはディズニーに買収されたABC側にいたアイガーならではの考え方だなと。
その買収に価値を見出すのなら、その価値を育んだ文化にも目を向けろと。そうしたら、買収した側の論理で変えていいものではないとわかるはず。
ただ、これはルーカスフィルムのときにはうまくいかなかったんじゃないかと邪推。

テレビ局の下っ端からディズニーのトップに上り詰めるまでのシンデレラストーリー、ディズニーの凋落から復活、企業買収の裏側と秘訣、そしてピクサー買収前後に登場するありし日のスティーブ・ジョブズ。 「10の原則」では語りきれない見どころが多数で、題名で損をしているような気がする。