これがすべてを変える

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気候変動の裏で働く資本主義の論理を痛烈に批判した本。
本屋に平積みされているのを手に取ったのが2018年。何か大事なことを言ってそうと思いながらも、2年間も積ん読状態になっておりました。

この数年、度重なる洪水や熱波、大型化する台風を目の当たりにして、環境破壊と気候変動という言葉は、今まで以上に実感をともなったものとして受け止められていると思うのですが、著者はその原因がこの世界を支配する資本主義にあると批判します。

経済的だという理由で発展途上国へ移転される工場。
発展途上国へ移すとなぜ安上がりに済むかといえば人件費はもちろんのこと、環境規制が先進国と比較して緩いから、先進国では使用が許されないような、旧型の環境負荷の大きい設備を使えるからだ。結果、製造過程で生まれる環境コストは増えるし、先進国への輸送には当然燃料を消費するから、経済性の影で、環境負荷は増大する。
工場を海外へ移転することで、先進国はゼロエミッションへ近づいたと胸を張れるかもしれないが、地球全体から見てみればそんなことはないわけだ。

石油と比べて経済的だという理由で採掘されるシェールオイルやシェールガス。旧来の採掘方法に比べて環境負荷が高いという研究結果が出ているにも関わらず、開発が止まる気配はない。(OPECが石油を増産して石油の値崩れを誘発すれば止められるけれど、それはまた環境破壊を助長する)
本来、彼らによる環境破壊に歯止めをかける役目を果たすべき政治家や環境団体でさえも、活動資金をそういった採掘業者に頼っていて、利益相反が生まれているという。

さらには排出権取引など、資本主義の原理のもとに複雑な枠組みが導入されて、事態の把握さえも難しくなってきている。『反脆弱性』でタレブ氏が言うように、複雑なシステムほど抜け道を作り安いにも関わらず。
資本主義は万能の道具ではなくて、富を最大化するためのものであることを思い出さなくてはならない。環境と富がバッティングしたとき、資本主義の原理のもとでは富が選択されるはずだ。たとえその決断が十年後に地球を滅ぼすようなものであっても。

資本主義のお膝元、アメリカとカナダで活動する著者がなぜここまで声高に資本主義を批判するのかと言えば、「今」が最後のチャンスだから。
このまま環境問題に向き合わず、富の最大化を最優先に経済を拡大させていけば、環境破壊はティッピングポイントを越える。たとえ経済活動と止めたとしても、気候変動がおさまることがなくなる領域へと入ってしまう。
2年間、積ん読してしまった私が言うのもなんですが、この本が邦訳されたのは2017年。北米で発刊されたのは2014年というから、著者の言う「今」から6年も経過してしまっている。まだ間に合うだろうか。