破滅の王 | 最強の生物兵器

あらすじ

1943年、日本軍に占領された上海。上海自然科学研究所 細菌学科の研究員として働く宮本のもとに、「キング」という暗号名の細菌兵器の情報がもたらされる。日本軍が開発したこの細菌には治療法が皆無。かといって治療法を開発してしまえば、それは生物兵器としての完成を意味する。「キング」に対して宮本がとる行動は——。

破滅の王 (双葉文庫)

破滅の王 (双葉文庫)

感想

日本軍が前代未聞の生物兵器を完成させていたら——。
というifを題材にした小説。
日本軍、中国、生物兵器といえば石井四郎の731部隊。マルタ問題で炎上したのが記憶に新しいが、この小説にはその言葉も中将も部隊も登場。
人の道を外れた実験の数々に、科学者たちは心を病んでいく。


彼らが発見・開発した「キング」はあらゆ薬剤に耐性を持つ細菌。土壌や水中に棲息するバクテリアを捕食することで増殖する。バクテリアを食うバクテリア。もちろん、人間の体内に存在するバクテリアも捕食対象。体内に入ってしまえば、キングは体内細菌を食らい、毒素で人を殺してしまう。
Covid-19のような人間を宿主にするウィルスであれば、感染力は致死率とトレードオフになるが、キングはバクテリアさえあれば増え続けるのでたちが悪い。患者が死亡しても土壌や水源に潜り込み、そこで増殖を続ける。再生算数は無限大。


繰り返される人体実験に心を病んだ科学者は、あろうことか治療法のない未完成の生物兵器である「キング」を野に放つ。
この細菌が人類の共通の敵となれば、みんな戦争をやめて、細菌の撲滅に動くはずという祈りを込めて。
この動機がどうにも納得できず。
現実のCovid-19を見てみれば、世界の怒りの矛先はウィルスよりも、中国に向かっている様子。どうやら私たちは、細菌やウィルスといった意思を持たぬものに感情を振り向けることは苦手らしい。どうしても国家や人といったものに目を向けたがる。
となれば、この小説に登場する学者の祈りは届かず、細菌撲滅へ向けて世界が一枚岩になるどころか、細菌を発生させた日本をボコボコにしようとするはずで——。
とここまで考えて、それが太平洋戦争の結果であることに気づく。一周回ってフィクションが現実に着地する。

これが狙いなのでは。
読者はいつまでも上田早夕里の手のひらの上。

破滅の王 (双葉文庫)

破滅の王 (双葉文庫)