ワン・モア・ヌーク | 市井の核兵器

ワン・モア・ヌーク (新潮文庫)

ワン・モア・ヌーク (新潮文庫)

あらすじ

2020年3月——。オリンピックを控えた東京に仕掛けられる核兵器。起爆時刻は3月11日午前零時。東日本大震災、福島第一原発事故の日。
「核の穴は、あなた方をもう一度、特別な存在にしてくれる」
そう予告するテロリストの真意はどこに。

感想

オリンピックの直前をめがけて、オリンピックの直前が舞台のこのSFを持ってきた執念は驚異的。結局、テロとは関係なしにオリンピックは延期になってしまったわけだけれど。
肝心のお話はといえば、政治色というか批判の強さが気になり、あまり話に入っていけず……。現実の匂いが自分にとっては強すぎるんでしょうね。数ページごとに小池さんや安倍さんの姿がちらつくと、どうしても現実に引き戻されてしまう。
あとはフーダニット、ハウダニット、ホワイダニットの3要素のうち、1つしか楽しめなかったのも理由。

フーダニット

誰がやったのか。
正直な話、藤井作品を読むにあたって、人物の掘り下げにはあまり期待はしていない。
よくも悪くもいつも通りの記号的な役割の登場人物たち。気になる人は気になるだろうけど、個人的には問題なし。

ハウダニット

唯一楽しめたところ。
広島や長崎に原爆が落とされて80年近く。現代にあふれるテクノロジーを使えば、ロスアラモスのような大規模施設がなくても、ちょっと良い3Dプリンタと中東から流出した核物質があれば原爆は作れてしまうのでは?
市井の技術でとんでもないことができるというのは、『Gene Mapper』『オービタル・クラウド』から続く特徴。良くも悪くも科学が民主化された結果であって、この着眼点が好きなのでこの人の作品を読み続けているところがある。

ホワイダニット

なぜやったのか。
第一原発の避難地域の苦しみを知っている人間が、東京を核で焼こうとするだろうか?
汚染地域が東京になることで、政府が今度こそ問題と向き合うようになる?
福島と同じような対応を取る姿しか私には想像できない。
私の想像力の欠如。

最後に

小説の感想とは関係ないけれど、読みながら、オリンピックのような季節ものをSFのメインに据えるのってどうなんだろ? という疑問が浮かびまして。
今回のような延期もそうだし、それ以外にもところどころ、外国人労働者の扱い方とか、現実とそぐっていないところがある。それがフィクションと言われればそうなんだけど、オリンピックのような直近の大事業がメインに据えられていると、読者としては現実とフィクションの区別が難しい。
そこに挑戦したという意味で、野心的な小説なのか。

ワン・モア・ヌーク (新潮文庫)

ワン・モア・ヌーク (新潮文庫)