『あなたの人生の物語』のテッド・チャンの最新短編集。
年にひとつ短編を発表するかどうかという執筆ペースにも関わらず、出せば出したでヒューゴー賞やらネビュラ賞やら、主要な賞をかっさらっていくテッド・チャンの17年ぶりの新作となれば、文庫化を待たずして買わない手はない。
各作品の感想
商人と錬金術師の門
アインシュタインの相対性理論と矛盾しないタイムマシンを使ったアラビアンナイト風味の話。
となり合うどこでもドアを光の速度で遠ざけそして再び近づければ、2つを光の速さで遠ざける直後と、再び近づけた直後の世界を行き来できるようになる。
このアイデアはノーベル物理学賞を受賞したキップ・ソーンのもので、彼は映画『コンタクト』や『インターステラー』の制作にも関わった大物。
このタイムマシンでは過去を変えることができない。過去を変えることができないならば未来も変えることはできないわけで(未来人にとっての我々の今は過去だから)、そのあたりは『あなたの人生の物語』から地続き。
息吹
表題作。
どこかの世界に存在する機械仕掛けの生命体の話。人間とは異なる形の生命体と言うことで、どことなくイーガンの『白熱光』を感じる趣。
機械仕掛けの生命体は自らの身体を解剖し、身体の原動力が空気圧であることに気づく。つまりはいずれ大気が平衡状態に達してしまえば、彼らの活動は止まってしまうのである。
現実を見ればどんなに複雑な問題にも、平行状態という絶対的な終わりはあるはずで、例えばこの作品での「空気圧」を「エネルギー」と読み替えてみると、くだらない喧嘩をしている場合じゃないなと気づかされる。
ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル
AIが開発され、成長していくライフサイクル。
ペット用に開発されたAIは人格さえ備えるようになるが、道具としての有用性への疑問やプラットフォームの盛衰によって、生き残ることが難しくなっていく。
AIBOやラブプラスを経験している日本人には馴染み深い内容。
偽りのない事実、偽りのない気持ち
文字を持たない部族の少年が、村にやってきた西洋人から文字を教わる。
そこで描かれる文字の必要性がとても納得できるもの。
書くことを練習するうち、モーズビーがいったことの意味がだんだんわかってきた。書くことは、だれかがいったことを記録する方法というだけではない。しゃべる前に、なにを言うか決めるのを助けてくれる。そして単語は、しゃべることの部品というだけではない。考えることの部品だった。それを書き留めると、考えをれんがのように両手でつかんで、べつの並べかたで並べることができる。書くことは、しゃべっているだけでは不可能なやりかたで自分の考えを見直させてくれる。書いたものを見ることで、考えを磨き、もっと強く、もっと精緻なものにしてくれる。 p239
記録を残さない、記録を捨てるということは過去を失うだけじゃなく、これからを考えるための材料も捨てるということになる。ぜひとも日本中に読み聞かせたい内容。
まとめ
どれも読み応えがある内容。
テッド・チャンの作品をまだまだ読みたいが、寡作傾向は相変わらずということなので、さらに20年近く待ちましょう。