蜜蜂と遠雷 | 音楽を野に還す

感想

国際的なピアノコンクールのオーディションに、規格外の少年が現れたところから物語は始まる。
圧倒的な演奏を披露した少年は、音楽学校に通っていないどころか、ピアノさえ持っていない。幼いころからお金のかかる英才教育を施すことが当たり前となっている音楽業界では異例の経歴。
そのくせ、近頃亡くなった巨匠の推薦状を持っており、彼が遺した手紙には、この少年は『ギフト』であり『災厄』であると予言されている。

蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)

蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)

そんな少年漫画のような心沸き立つオープニングで始まるこの物語はとてもキャッチーで引き込まれる。
冒頭の少年の風間塵。
かつて天才少女でありながら母親の死をきっかけに弾けなくなった20歳の栄伝亜夜。
楽器店勤務の28歳のサラリーマン、高島明石。
完璧な技術と音楽性を持ち優勝候補となっている19歳のマサル。
4人のコンテスタントを中心にしたコンクールの描写はとてもワクワクする。
「音楽が聞こえてきそう」と言いたいところだけれど、それができるほど自分には音楽の知識もセンスもない。
とにかく、音楽を知らない自分でもワクワクするくらいの描写で、ページをめくる手が止まらない。
読んでいる感じは『四月は君の嘘』に似ていたかも。
『羊と鋼の森』を読んでおくと、作中に登場する調律師を想像しやすいかも。

四月は君の嘘(1) (月刊少年マガジンコミックス)

四月は君の嘘(1) (月刊少年マガジンコミックス)

羊と鋼の森 (文春文庫)

羊と鋼の森 (文春文庫)

全体を貫くテーマは音楽の解放。
先代の作曲家たちの意図を汲み、当時と変わらない演奏が良しとされる音楽界。過去の音楽を変わらぬように保存することに労力が費やされ、音楽はコンサートホールという壮大な大聖堂に祀られる。
けれど、本来の音楽はそうではないはず。自然や町並み、生活の中に音楽はあふれ、時間の流れとともに変わりゆく。
それを体現するのが28歳のサラリーマンピアニストである高島明石であり、ピアノを持たずとも音楽に愛されている風間塵なのである。

権威から解放された音楽を描いたこの作品が、本屋大賞と直木賞をダブル受賞というものおもしろい。名もなき書店員が選んだ作品を、文壇が認めるという構図。
破天荒な風間塵の演奏を、観客が受け入れ、審査員も受け入れたという作品の内容とつながっている。

本編だけではなくて、文庫本巻末の解説もおもしろい。
連載時からの編集者が書いている解説には、2006年に構想が始まり、2009年に連載開始、連載終了は2016年で足かけ10年近く。その間、色々と取材を繰り返していたおかげで費用もかさみ、刊行前の会議の試算では1000万円以上の赤字となったことなど、執筆的にも企画的にも相当な難産であったことが綴られている。
風間塵のモデルが実際に自宅にグランドピアノを持っていなかったラファウ・ブレハッチであることや、作中のコンクールのモデルは浜松国際コンクールであることなどが示されているので、読了後の調べものが捗る。

ショパン:名演集

ショパン:名演集

  • アーティスト: ブレハッチ(ラファウ),ショパン,ヴィット(アントニ),国立ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団
  • 出版社/メーカー: ビクターエンタテインメント
  • 発売日: 2013/01/30
  • メディア: CD
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来週には映画の公開が待っている。これだけの大作を2時間の枠にどうおさめるのだろうか。
映画の良し悪しはまだわからないけれど、原作であるこの本は傑作。

蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)

蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)