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昨日までの世界 | 昨日と今日はどちらが良い世界?

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概要

科学文明は私たちの世界を、ほんの数百年の間に一変させた。600万年におよぶ人類の進化の歴史から考えれば、この激変はほんの一瞬のうちに起こった出来事である。では、それ以前の社会、つまり「昨日までの世界」の人類は何をしてきたのだろうか?
『銃・病原菌・鉄』『文明崩壊』のジャレド・ダイアモンドが、狩猟採集民の生活と現代社会を対比する。

昨日までの世界(上) 文明の源流と人類の未来 (日経ビジネス人文庫)

昨日までの世界(上) 文明の源流と人類の未来 (日経ビジネス人文庫)

感想

ジャレド・ダイアモンドは西洋社会の住民のおごりを嫌っている。
『銃・病原菌・鉄』では、「西洋社会が新世界を征服できたのは、人種的に優れていたからだ」というおごりを、「あなたたちがたまたま、地理的に銃と、病原菌と、鉄を手に入れやすい場所に住んでいただけです」と論破した。
そしてこの『昨日までの世界』では、「文明社会の人々は西洋社会と比較して進歩している」というおごりを論破する。

例えば、裁判。
文明社会では中立を保つためという大義名分のもと、当事者ではない弁護士と検事と判事が紛争解決の手続きを進める。ともすれば、当事者である原告と被告は蚊帳の外となり、殺人事件の裁判ともなれば、被害者家族の感情を無視した判決が被告人に対して下されることもある。これは合理的に効率的に、紛争を解決する手段なのかもしれないが、感情的に納得できるものではない。

一方、伝統的な社会では、当事者同士が個人的に顔を合わせて話し合うことで、お互いに感情的なしこりが残らないようにする。時に数十万人が行き来する文明社会と違って、人口数百人の集落では、当事者同士が今後も互いに顔を合わせることが考えられ、感情的なしこりを残すことが大きなリスクになるからだ。効率という点では文明社会の裁判に劣る方法かもしれないが、感情的な問題を解決する方法としては、こちらの方が進歩している気がする。

このように現代社会と伝統的な社会を様々なテーマに沿って退避していく。
そのテーマは交易、賠償、戦争、子ども、高齢者、危険への対応、宗教など多岐に渡る。
その対比に触れるたび、伝統的社会の発展の先に現代社会があるのではなく、伝統的社会と現代社会は優劣のつかない、並列の関係にあるのだと気づく。
伝統的社会は、それが置かれている環境に対して最適化されているのである。その環境に現代社会を持ち込んでも通用しない。

現代社会は最良の社会だというふうに、現代に生きる私たちは教育を受けてきたけれど、それは正しくない。
伝統的社会から学ぶべきことはある。

昨日までの世界(上) 文明の源流と人類の未来 (日経ビジネス人文庫)

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関連書籍

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