破壊する創造者

帯を見るかぎり、2015年本屋大賞の『鹿の王』のネタ本らしい。
副題は「ウイルスがヒトを進化させた」。
これを見て「ウイルスが弱い個体を間引いていく淘汰の話」と思ったけれど、この本が示していたのは、ダーウィンが想像できなかったダイナミックな進化の話だった。ダーウィンの進化論を進化させる仮説(今のところ)の話。
ダーウィンはマクロなレベルでしか生物を観察できなかったけれど、いまではもっとミクロなレベルで生物を分析できる。生物を遺伝子レベルまで分解して観察したとき、見えてきたのは「網目状の進化」だった。生物は親から子へ一方向的に進化しただけではなく、他種族の遺伝子を取り込みながら、相互に作用しあって有機的に進化してきたようだ。

ダーウィンは「生物に起こった突然変異が、自然選択によって淘汰され、環境に適応した種が生き残ることで、現在の種の多様性が生まれた」と言った。つまり、進化の推進力は突然変異のみだと考えた。
「進化の原動力は本当に突然変異の遺伝だけなのだろうか?」というのが本書の問い。
進化の理由を突然変異のみに求めて、「小さな変化の積み重ねで現在の生物の多様性が生まれた」とするのは整然としていてとても美しいけれど、それだと進化の歩みが遅くなりすぎはしないか。突然変異以外にも、進化を推し進める力があるのではないか。

異種交配やエピジェネティクス。本の中では、新しい進化の推進力がいくつか挙げられているけれど、いちばんページが割かれているのがウィルスについてだ。
ある種のウィルスは、宿主細胞に自分の遺伝子を複製させることで増殖する。このとき、宿主とウィルスの遺伝子が混ざりあい、宿主はウィルス由来の新しい形質を持つようになるのではないかという。
実際に、多くの生物でウィルス由来の遺伝子が発見されていて、人間でも遺伝子の40%がウィルス由来と見られているという。特に胎盤の形成には、ウィルス由来の遺伝子が関わっている可能性が高い。

突然変異による小さな歩幅の進化だけでなく、ウィルスの遺伝子の挿入のような大きな飛躍の進化もあるなら想像が広がる。
キリンとその祖先の中間の首の長さの化石が発見されていないことや、人間の脳が急激に巨大化した理由は、ウィルスによる遺伝子挿入が原因なのでは、とか。
クモに噛まれたからって遺伝子が変化して糸を出せるようになるわけないだろ!と思っていたけど、思っていたほど不可能に近いわけではなさそう、とか。
細かいところまで理解しようとしたら難しいけれど、概略を読んで想像を働かせるだけでも十分におもしろい。